いくらでも魚はいる

感想文と旅行

banana in my ear <ベイビー・ドライバー>

ララランド(未見)のような映画らしいとなんとなく思っていて、レイトショーで寝てしまうことを危惧したものの、冒頭から真っ赤なスバルで銀行に押し入ろうという男女が現れ、ほっとした。犯罪に手が染まらない話には集中することができないのです。

getaway driverのベイビーは常にサングラスで目をふさぎ、イヤホンで耳をふさぎ、会話は歌詞と映画の引用でなるべく多くをすまそうとしていて、つまり口もふさがれている。その世界に属している里親のジョーもまた口がきけず手話で会話するが、I'm not talking about meと2度にわたって言うように、彼らは自分のことを語れず、ベイビーが最も饒舌に話すのは「ジョーとして」録音を残す場面だ。この映画は過去に傷ついた若者にやさしい恋と結末がめぐってくるけれど、現実には自分の感情を語れない者にはそんな幸運は訪れない。

それはそれとして、2人がぎこちなくお互いを知ろうとするコインランドリーの場面は、最後にぐるぐる回っていた服がレコードに変わるところまで素敵だ。

この映画では絵に描いたようなアメリカンダイナーが出てきて、そこで働くヒロインの衣装もなんだか時代がかっている。しかし突然現れるピンクにデコったiPodのように、強盗の共犯者たちはあくまでも現代のキャラクター造形で、特にジェイミー・フォックスはどんどんエスカレートしていって、ひどい死に方をしそうだと誰もが思うだろうし、その通りになる。そういえば黒人やアジア系はろくな役が振られていない。最後のバディとの対決アクションは少し冗長。強盗を差配するケビン・スペイシーは最後までおいしい役で、その周辺のエピソードは笑えるものばかりなのもよい。郵便局に対するコメント。

そしてもちろん、全編を通してカーチェイスが惚れ惚れするほど素晴らしい。俯瞰で出てくるスパゲッティジャンクションも複雑すぎて胸が熱くなる。運転が超絶上手いという一点で主人公は最初から私たちに免罪されている。

 

あと、ベイビーが車を捨てて警察からアクロバティックに逃げるシーンはフリーランナーのようで(ここでもサングラスを盗む)、往年のトップギアBBCの車番組)の車とヒトが競争する回を思い出して懐かしくなった。同じような企画としてはイタリアからロンドンまでセスナと車で争う回もおすすめです。全然違うけど、高齢者向けの車を作ろうといって、自宅と郵便局とビンゴと友達の家にしか行けない車を作るのもよかった。たぶんAmazonPrimeで見れます。